暮れに亡くなった小沢、先ごろ急逝した牧。いずれも優れた芸人さんであった。

美人諸国ばなし・・・小沢昭一が美女を求めて全国を旅をしたことを書いた本。角館(秋田県)の食堂で通学中の女子高生を覗き見物(ストーカーの話ではない)していた描写は秀逸である。前職の時代にわざわざ角館へ旅にでかけたが、冬休み中で空振りどころか年季の入ったお姉さん方の集団に出くわし、苦笑したことを覚えている。

やんなっちゃった節・・・ぼやきは笑いにする。鋭い風刺もやんわりと。「あー~~n^^やんなっちゃった。あ^^ーーーんア 驚いた」。地でいく別れだった。低音の魅力(フランク永井)ならぬ低脳の魅力、真珠じゃなくて頭がパールだよというのは自虐ネタで使わせてもらっている。

2,3年前だったか牧伸二が東旭川の老人ホームへ{公演}できていたらしく、羨ましかったのを覚えている。



スポンサーサイト
遠藤専務理事とは最初の方の仕事の先輩であり、20年以上の親交がある。
この度遠藤さんの紹介で一般会員の入会の勧誘をいただき、申し込みを行った。

観光はまちづくりの最も優れた姿であるから市民一人ひとりが何らかの関わりを持って欲しいという遠藤さん。間髪を入れず賛同する。

今までは観光がメインの事業者だけ集まって事業やっているから発想も広がらないし、垢抜けなかったの。
しっかりと応援してセンスの良いまちにしていきたい。

土曜日の放送、麻生けんたろうさんのFACEBOOKにも内容の一部が掲載されていました。ありがとうございます。

「市役所のまちなか機能移転、旭川空港の活性化、市議会議員の大幅削減。」これが現在私が進めていきたい創造と改革のテーマと申し上げました。議員さん私と目を合わせなかった人多数。かみむらゆうじさん(会員です)だけでしたねえ。
4月27日から29日までの3日間1条アッシュにて開催中。

もう少しはじけて!という期待はあるが、関係者の寒さに震える姿に同情をする。
5条買物公園のフードテラスを会場に11時19分頃から15分程度出演します。

フードテラスの魅力、気になる他都市の事例、まちづくりのアイデアなど話す予定です。
インターネットでも受信できるようなので、PCスマホなどでもFMりべーるのHPからアクセスしてみてください。

直接会場にこられてもよいそうです。しのちゃんという天然美女がお相手してくださるようで。

趣味といえばおたっキーぽいが、時刻表を読むのが好きである。鉄道やバス、飛行機に船舶が網羅された大判の時刻表は頭の体操になる。

さて、手に入れた昭和39年6月の日本交通公社北海道時刻表には春志内乗降場、神居古潭駅、西永山駅と現存しない駅があった。
線路の切り替えと利用者僅少でこれらは廃止になったが、現在サイクリングロードでおなじみの春志内乗降場はⅠ往復2便のみ(札幌方面は8時20分発、旭川方面へはニャンと夜中の0時10分発)とある。いったい誰が利用していたのだろう?
はっきりしているのは、普通列車の運行本数が50年前とほとんど同じ少なさであること。モータリゼーションの発達云々以前に、昔から公共交通への関心が高くないことがうかがえる。
オファーがあったきり何の連絡もないけれど、4月27日土曜日午前11時過ぎ、FMりべーるの生放送番組「FUTURE DREAM]に出演します。

今回は5条買物公園フードテラスを会場にするとか。

口下手なくせに毒を吐いて、麻生けんたろうさんを困らせるのでは?
その昔、旭川市役所本庁舎の屋上は開放されていた板敷があったらしい。
義理で入った朝の会で公会堂改修の紹介の中にあった。

そもそも現在上がれるのかという疑問もあるが、屋上から街並みを見学したいものである。
午前中テレビをつけると、もともとは日本テレビ系でやっていた懐かしの番組がN局で放送していた?!


国会中継でした。
バカにするな!定数5減のインチキぶり。

鈴木宗男氏のブログ(4月25日)には、国会の委員会は週に2^3日しか開かれず、土曜日曜はお休み。会期(怪奇?)150日といっても実質半分しかないそうだ。
旭川・ラーメンバーズの伊藤友一さん。JR旭川駅東改札口で。


移動時のエール交換。
ランドスケープアーチスト石原和幸氏(ご夫妻で)に偶然お会いした。

N空港のロビーにて。

Tけし軍団でなくてなにより?
先々代の町長から薫陶を受けていた東神楽町長山本進さん。
職員時代から仕事が早く行動力があって、しかも周囲がいつの間にか虜になってしまう人柄。

旭川市や中部7町とは仲良くしながらも、しっかりと自分の町のアイデンティティを掲げている。協調と競争のバランス感覚がよい。


旭川空港のアクセスと周辺地域の発展施策が重要と的を射た提案に多くの参加者が頷いた。


さて、その前に行われた総会は25人出席でなんと7分で終了。市議会議員定数問題についても取り組む提案を頂いた。気がつけば来年が20周年。会長という肩書きは好みではないが、お世話役という立ち位置はありがたいものである。


4月27日午前11時頃、5条買物公園のフードテラスでオープンイベントがあるそうで、地元のラジオ局が生放送をするとか。

前会長のような話芸もない口下手な私にオファーがきました。
当会の代表ということで出演する予定です。詳細は後日。
旭川には安くてボリューム満点という店が繁盛するらしい。

価格は本場大阪に比べ少々高いのだが、串カツを出す店によく出没する。B級というか、どか喰いのD級である。

キャベツ好きにはたまらないキャベツ食べ放題。生キャベツをバリバリと青虫以上にである。
今の時期、越冬キャベツ(雪の中に保存)したのが出回っていて、甘味がよく出ている。

焼肉もいいが、焼く手間がない串カツは懇談向きで、20歳前後の男女と謀議。
まちづくり活動には取材力とほかにない情報力、そして行動力。

いつも磨いておかねばならない。大したことしていないが。
月刊雑誌メディアあさひかわ5月号の記事には当会副会長の安住さんに関する記事が掲載されている。
記事によると、「夢で鈴木宗男さんと温泉入浴をしていた」とある。{営業}トークだとは思うが、その筋の人には「こっちの趣味もあるんだ(^O^)」とファン層が広がるのではないか?まあ、比重の違う油どうしのような気もするが。

同じ願望なら、剣淵町を舞台にした映画「じんじん」のヒロイン小松美咲さんと、剣淵温泉を貸し切って本物の温泉入浴を楽しんでみたいものだと私は淡い期待をする。試写会いけなかったけれど。
旭川でも最大の元気印と言われた飲食店グループPが再び破綻したのがわかった。

信用調査会社によると、自社ビルの売却が不調で、公租公課の滞納処分によりクレジット会社からの入金がなく、資金繰りが行き詰まり、民事再生法による再生を断念し、破産へ向かうとのことである。

経営者T氏は街の人気者であり会社の広告塔。従業員の接遇もフレッシュで心地よいものだっただけに残念というほかなない。

人生は長い。短くしないでゆっくり復活の時を刻んでほしいものである。
元会員の先輩が来社。補助金の案内をもって。

多忙という彼。ストレス太りかな。

「まずは死なないこと」何とかできるはず。いずれ死ぬのだからスリル満点の生き方を喜びとすべし。

穏やかに変える彼。こっちもいろいろ余裕はないが、少しの幸せを身いっぱいに感じることはできる。
4月の27日から29日までアッシュアトリウム{1条通7}で旭川学生文化祭というのがある。
官製のような気もするが、6回目というイベント。大学・高校の文化系団体のイベントという。

こういった催事は大いにやるべき。どこのまちでも魅力は自ら作るもの。応援できるところ協力したい。


落語部とか漫才部なんてないのかな?
記録をする。フィードバックをする。個々の行動が具体的に動きやすいように動線を付ける。

4月18日総会に向けて宣言。

ひきつづきの例会は、一番旬な地方自治体の代表との勉強会です。
あそう○ろうせんせいも愛読する小学館発行のビッグコミック。
4月10日、25日発行の連載もの「ゴルゴ13」は大雪山周辺へ。
ふもとのまちが東川町に似ているような・・・。
フィクションではあるが、実物の危険物があったりして・・。
1年前の月13日、石川啄木の歌碑・ブロンズ像が旭川観光情報センター(公設)内に建立された。

同姓・函館出身というだけで事務局の要となった石川千賀男さんをはじめ当会の関係メンバーも、感慨無量であったに違いない。

12日北海道新聞朝刊旭川・上川版に岩本編集員が丁寧に今後の活動を伝えている。

屋内というロケーションは準備の始まりあたりから議論されていて、特に降雪期の維持管理上不可欠のことではないかと思っていたが、やはりそのとおりであった。函館の像は、海岸沿いにあるが降雪が少ないので見栄えもあって屋外にあるが、本日も雪が降っている旭川で凍えているのうな啄木は可哀想な気がしていた。

観光資源を訪問者に受け入れやすくするにはおぼろげな地域全体への波及と公共性、そして楽しめそうかどうかを常に検証する必要がある。訪問者は年代も地域もこちらの都合どおりではない。台湾航空路線の増便も観光産業だけではなく、地域として真剣に応援体制を組めるように当会としても努力したい。
旭川市の住民基本台帳(つまり住民票)に基づく人口が349,332人(平成25年3月末)と発表された。

35万人割れは既に国勢調査でも示されたが、確実に地域の人口が減ってきているのである。

ちなみに3年前の同月は353,289人で、3,957人の減少。1日に3,4人が減っているのである。


人口減少の主な要因は自然減。つまりお亡くなりになる人が生まれてくる人より月100人多いのである。

如何に地域の特性を生かして定住或いは訪問者を増やしていくか、まさに次世代へつなぐための宿題を突きつけられている。

昨日九州から営業でやってきたアイドルグループの指原梨乃がTV画面に決まり文句のように言っていた「空気も食べ物も美味しい」だけでなく、心ほぐす楽しさをまちづくりに取り込んでいけば目先(といっても50年くらい)の問題の大部分は解消されるのである。しっかり考えて行動せねば。
9月15日から3日間行われる第4回食べマルシェ。
旭川空港ターミナルも会場にするらしい。

ジンギスカンに特化したマルシェもやるそうだが、ちょっとちょっと。

木村事務局次長によれば、ジンギスカンはモンゴルの英雄で、その名を冠した焼肉というののは(モンゴル人にとって)抵抗があるのだとか。あんまり知られていないけれど。
豊岡斜めどおり周辺にある豚肉の揚げ物を出す店。カツは大変うまく味噌汁はまずい。2度ともなので作り方を知らないか気に留めていないのだろう。味噌汁は出さないほうがいい。

上川合同庁舎の4階の食堂。「何でこんなにまずいのか」。それでもなんとか食べられる。リピートができる不思議な不味さである。


音曲漫才トリオ「宮川左近ショー」のメンバーだった暁照夫が三味線で観客を唸らせて放つ決め台詞、「何でこんなにうまいんやろ!」を思い出した。関係ないが。
書面に書いているといっても、その中身を口頭で確認することはよくある話。そうでないと問題が起きる。

子供の頃、春に健康診断があった。その中で面倒なものに検便(ぎょう虫検査)があって、自ら排出した固形物の一部をすくい取り、小さな青い袋に詰め学校へ持ち込むというのがあった。

通りの悪い人は苦痛だし、そうでなくても床に新聞紙を敷いてその上で事を為すことは子供ごごろにも慎重にすべきと思ったものである。

学校へ行くと友人が焼き芋大の新聞紙の包を持ってきていた。ご丁寧に名前をマジックペンで書いて。

そう、そっくりそのまま持参してきたのである。

苦笑する担任の指示で彼はトイレへ向かい、その一部を袋に入れて帰ってきた。新聞紙の包はボットン!したそうな。


週刊少年ジャンプで「トイレット博士」が連載されていた頃ののどかな時代の話。女の子でもないのに付けられた渾名は「○○子ちゃん」。
不名誉を彼はかぶってしまったのである。(水洗トイレが珍しかった時代なのでイジメにはならなかったのよ)
4月18日木曜日。平成25年度総会。

時代はどんどん早くなっているような気がするので、ご紹介いただいた東神楽町長・山本進さんをお招きして例会を開催します。

役員会もせず大変勝手ですが、3秒で決めました。

旭川周辺の発展には大雪山(これを背景にしたまちづくり)が重要な役割を担う。
東神楽町役場職員だった山本さんは町内の主要イベントのみならず、よさこいソーランの上川支部のまとめ役を務めたりしたことのある頭脳と実力が備わった政治家2年生。旭川空港周辺の仕掛けを考えているらしい。
4月3日北海道新聞旭川上川版によると、旭川市の審議会では現状維持か2人程度削減、報酬は現状維持の方向で審議されているらしい。

私の提言を鵜呑みにするようなことはないと思っていたが、周りの状況・雰囲気で物事を決めようとする「お茶会の議論」である。職員が企てたお膳立てからそういうコースで振り付け、演出されているのだからさもありなんである。

こんなことでお墨付きをもらったと思っているようなら、議員はシアワセの極みである。「今に見ていろ。」と思っている。
某国民栄誉賞。

Yグループへのへつらい。

こんな意図見え見え。十両力士が幕内優勝の天皇賜杯をもらうような感じがしたり、もうすぐ・・・だから今のうちにという気の毒さがある。

優れたアスリートであったご当人を功労するタイミングとしては間が抜けている。


小松政夫ではないが、「しーらけどーりィ、とォーんでゆく、南のそーらーに。」である。

選挙制度の公正な改革をおざなりにしたり、時季外れの栄誉賞を乱発したりとM政権もびっくりのインチキぶりである。おだちもほどほどにしないと、夏は冷や水である。
前会長の中川さんから創造と改革で行った空港関係の報告書が要ると連絡をいただき、原書の写を用意した。

10年の歳月は時代の流れを感じるが本質的な提言は変わっていない。文明の速度に比べ文化の速度はゆっくりである。
会長の挨拶文は自分で勝手に書いた?ものだが、自分がその立場になると、当時の自分は「あぶない奴」と思われたに違いない。汗顔の至りである。
この時期、役所や学校、金融機関や大手企業などでは大きな人事異動が行われることが多い。

あの人はここ、この人はここ。ありゃりゃんこりゃんよ悲喜交々だろうと思う。


現在の私には人事異動はないが、自分を変えていくことは常に要求されている。
龍馬記念館へ。

現代では偉人とされるが、当時は危険思想のテロリスト(こんな言葉に例えられるか)と権力側から見られていた。当然だろう。


現代において正しい考えが将来そのまま正しいことではなく、時代にのっかったままでいると舵取りを間違う。
70年前の屈辱のようなことを繰り返すのだ。

自分の羅針盤を確かめる4月1日。
嘘ではない。