男女が反対になっているけどやっていることはミスコンとほぼ同じ。女性が運営中心らしくいろいろきっちりやっているとか。

7月14日月曜日、ロワジールホテル旭川にて19時開催。
私は、事業所の女性スタッフ全員を招待することにした。


実行委員長薄井タカ子さんは当会の幹事を務めている。

薄井さんと並ぶように司会はきっとマダムケロコさんでしょう。誰だ?「こま○り姉妹」みたいだといっているのは!(こま○り姉妹に失礼でしょ)
遊びながら楽しくまちづくり。そう、旭川は北海道の中心なのである。中心という言葉でなければ心臓部の位置にある。

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6月29日午後3時、靖国神社に行き参拝してきました。まちづくりの原点を探る一環としてです。

遊就館も見物してきました。

現場を見て感じることはたくさんあります。ブログを書かせてもらっている団体の趣旨とは直接関係ないので今回は触れません。

はっきり言えることは、曲げて大声で「解釈」をすることは間違いだと思います。

28,29日の両日、買物公園まつりにあわせて地元の学生組織「はしっくす」が主催。
ダンス、書、奇術など感心したり驚いたり。

スタッフの学生は手弁当らしい。取材お礼ではないが、気の毒なので28日には差し入れをそれなりに。
初日、初めてかかわるスタッフは面食らっただろう。出してくれてありがとうと礼を言われた。(29日は事情がのみこめて各自用意したらしい)

一緒に食べれば仲間になっていくもの。呼び水になればそれでよい。
全日空に搭乗すると機内番組がいくつかある。機材によってはもう7月になっているようで、9CH「オールナイトニッポンCLASICCS」を聴いたらゲストが奥山コーシン(漢字では人偏に光、伸)さんが登場。メインは斉藤安弘さん。

旭川出身。放送作家。ラジオパーソナリティ。落語家。
ラジオはSTVで10年やっていた(過去形)ということだけで、現在唯一?!進行形のコミュニティFMりべーるの話はなかった。
お忘れになったのか、そもそもコミュニティFMなんて・・・なのか、大人の事情なのか。クレームをつけるつけてもしょうがないが、どんな事情か興味をもった。

表題は作詞家としての再評価曲。由紀さおりが「1969」のアルバムに収めたのです。
28日、29日と旭川中心部で行われるイベント。

北海道新聞とのタイアップらしい。このあたりは北海道音楽大行進と同じ仕組みのようだ。

少しずつだが、何か現状を変えようとしている感じがするが如何に。
現場を取材にいってきます。


ビジネスは毎日が大道芸のようなもの。ひやりひやり・・・。

因みに、ビジネスに大切なものは何か?
「こうじょう」

口上(営業)、工場(ソフトでもつくりものである)、そして向上(たゆまぬ探求新)、さらに厚情(自他への愛情)。
読んだり真剣に見てはいけない。

2,3日前だったか6CHの夜のニュースショーで、以前当会でも招いた藻谷浩介氏が登場していたが、曰く「地方の人は集団的自衛権に賛成の人が多い」と話していた。彼はそれは好ましいことではないと言っていたが、「地方(で会っただろう)の人」の感覚がまともだということを証明したようなものである。藻谷氏は地域づくりの研究者ではあるが、外交防衛の専門家ではない。私は彼の主張には賛同しない。

 もっとすごいのは日曜日の北海道新聞で、サッカー人気の陰で集団的自衛権をすすめている安倍政権と主張している弁護士らしき方の話を記事にしていたが、サッカー人気と集団的自衛権の話は別物だ。それを一緒にするアホな国民ばかりとでもいうのだろうか。サッカーに関係なく進めているのは事実だし、賛成できない主張もあって当然だ。しかし、自分たちの主張が受け入れられないのをサッカー人気のせいにするとは困ったちゃんそのもの。幼児性を感じる。

 ニュースには必ず尻尾があると教えてくれた方がいた。だからながめるものなのである。私たちは新聞やテレビの人気にあやかって?誕生した民主党政権が内ゲバによって崩壊したことを経験した。自分勝手だけではいけないと気づいた国民が多くなっただけのことである。
 
 私は未確認ということにしておくが、先ごろ中国の戦闘機が日本の偵察機(武器なし)にロックオンしていたという情報も入っている。以前海上でもやっている(防衛省が公表している)のだから信ぴょう性は高い。相手国の考えを鵜呑みにして防御態勢も整えず話し合いなどはあり得ない。こちらがよかれと思っても相手は全くそう考えていないのだから。いまだに円借款供与を受けていながら平気で勝手な主張をしている不思議な国、それが中国。PM2.5が旭川にも影響があることを考えれば、国際情勢にも注意をはらうのは必然である。


 
 まちづくりには戦略と防御がいる。厳しい現実とむきあって豊かな地域づくりをするには国家的な見地に立ってこの地域に必要とすることを考えて実現していくことが大切である。日本国2674年(*神話時代から数えて)の歴史の中で発展してきた地域はそれをやってきたからではないのか。
 南北海道・木古内町で起きた貨物列車脱線事故。けが人がいないのは幸いだったが、度重なる事故の遠因を考えてみる。

 北海道新幹線が早々と来るのを期待して在来線の投資を惜しんだのがそもそもの誤りであった。

 青函トンネルの区間は上下複線。しかし、それ以外の函館青森間は単線のままなのである。

 1日20本程度のローカル線からその5倍は通過する幹線に変わったのだから、酷使されるのを見越して全線複線にしておけばよかったのである。同じ事例は瀬戸大橋線の岡山県側にもある。

 所謂ボトルネックの状態で重たい貨物車両がびゅんびゅん通過する。青森県側JR東日本は、北海道側より速度を極端に落としている区間がいくつもあって、線路の弱さをよく知って運用していることがわかる。

 もう2年もしないうちに新幹線が開業するのでこの路線を維持するだけなのだろうが、ちゃんとやっておけばという後悔ばかりが先に立つのである。

 翻って、昭和通から神楽方面に抜けるクリスタル橋の架橋に反対していた人もいたようだが、こちらは大正解である。
神楽地域(元の開発局道路事務所付近)に総合バスターミナル・バスの駅(市場)を設ければパークアンドライドもできるし、観光バスの駐車もできるのである。観光バスの客を買物公園で降ろして必要時にバスを持ってきて乗車させればいいのである。
 橋は2本あるから面的な活用ができるのであって、とりあえず1本だけでよいとか、中心部の「気」がそがれるという理屈では考え付かない考えには疑問を呈していた。

 中心部に仕事や住まいでかかわっている人は中心部からみた発想になりがちである。かなり恵まれているのがわかっているのかなあ。

旭川市という基礎自治体に過大な負担を招く公立大学設置はやめるべき。
というと、何か宗旨替え?もめたの?
さにあらず。この地域にある教育、医学、工学、ものづくり、経済学、経営、保健福祉、幼児教育、食品すべて統合して(当然ブラッシュアップして)国立大学法人化を要望する。

北海道教育大学、旭川医科大学、旭川工業高専(以上国立大学法人等)
北海道立旭川高等技術専門学院、旭川大学、旭川大学短期大学部

中小企業大学校(中小機構・・経済産業省所管)

統合して、旭川・北北海道のシンクタンクにする。そう、増え続ける(年間30万人ともいわれている)大都市圏のプラチナ世代を大量に受け入れる。「知の屯田兵」になって北海道のフィールドで大暴れしてもらう。目標は50万人増。首都圏人口の20分のⅠ程度。国に要望するには「貢献」できそうな目的がいる。とてつもなく増え続ける大都市圏の高齢者の移住と高効率の活用である。天災が少ないとされ、広く土地を活用できる北・北海道の旭川だからできるのである。
キャンパスのは旭川の中心市街地をベースにする。

中心市街地活性化の核になるのが大学ということ。公立ではなく、国立で先進的な取り組みをできるようにする。

20日夜に中心部のとあるで懇談した時の発言要旨。雑談ですので、理論構築はこれから。オリンピック誘致よりも持続的な効果は高いはず。覚悟がいるけれど。

国際家具だもの。国をあげて応援してもらってよいのでは?
総理官邸には黒電話が設置されているそうだ。なぜか?

災害などの発生時点においては電気が使えない事態が想定される。だから電源不要のアナログ機器をいくつもバックアップ(としておく)に用意しているそうだ。東京在住の危機管理の専門家から聞いた話。

デジタル機器は平時においては、もっともその威力を発揮するが、昨日の大雨以上の事態になって電源供給がストップすれば、アナログ機器の選択が最も適当である。

災害対策という点では、旭川ケーブルテレビが想定している(正式発表ではない)放送ケーブルから電波という方式は、「停電」という事態を考えると不適当ではないか。

平時の娯楽を追求するなら大いに歓迎したいが、防災を絡めた街の情報を伝えるという目的というのはラジオの実力を見誤っているのか、何か別の意図があるのか興味がある。
今朝旭川市内で、自動車の衝突によりで高校生(男子)、高専生(女子)、男性会社員の命が奪われた。お昼の全国ニュース(Nでは2番目)でもおおきく取り上げられた。

残念としかいいようがない。同世代の子を持っているから保護者・関係者の方の悲しみはいかばかりかと察する。

他人の動きを鵜呑みにせず、余裕をもって安全運転しよう。加害者は後期高齢者らしいが、その方も大変なことをしたと後悔していることだろう。運転せざるを得ない理由があるのだろうか?
歌麿や北斎はなぜ現代では芸術になるのか?

 目の前の規制は冷静に考慮し、自ら判断すること。そもそもの目的をよく考えること。
 信念があるならば、いたずらな行動をしてはいけないが流されてもいけない。現代日本での問題は少子化が原因のひとつである。相対的な価値感の上昇・下降によって問題が顕在化したり、問題にならなくなることは日常的にある。
 数年前、社会問題化したPSEマーク以外の電化製品が使えなくなるといった法律が有名無実化したように、問題をつつき続ければ落ち着くところに落ち着くのではないだろうか。
 むきになって取り締まらず、社会通念で好奇が引き起こす児童ポルノを「無価値」なものにしていく努力をすべきなのである。取り締まりを強化するにも人員と予算が限られるのだから。


 それより、「鬼畜な保護者防止法」を制定したらどうなんだ。


来週からはじまる家具の見本市。
JR旭川駅内には織田憲嗣コレクションが展示されている。

心地よい空間に気品のある作品。頭がクリアにできる時間である。

そういえば高校時代の数学教師W先生(故人)が、「数式は美しくなければいけない」ということをいつも言っておられた。

仕事も生活も今になって考えても王道だと思う。まちづくりもそう。

IFDAと公立大学。現状では美しく結びつかない。数式の解き方にうなっている。
先週は旭川医科大学の学園祭。医療系は難易度高くわけもわからずうなってしまう。
今週は旭川大学の学園祭。司会はラフ→チケット。寒い日にはぴったりのアイス芸人。(*いじるのも応援のひとつ)
構内探索を配下と手分けしてふふッ。

上村さんのラジオをききつつFMりべーるへ。麻生さんに誘われポッドキャスト出演。何をしゃべっただろうかあとでFMりべーるのHPから入って、きいてみることにする。(ポッドキャストをクリック!)


先週の音楽大行進、40回はでているかも?のSさんにあう機会があり38回出場とのこと。3回休みがあったらしい。「今年は暑くて疲れた」とこぼしていたが極めているなあと感心した。


吹奏楽器をもって行進しながら演奏する、この単純で奥深い祭事。
バトンなどの演奏もあるが、信号待ち以外は立ち止まらない。

初夏らしい陽気でなによりだった。

いつもダメと批判している出発地点の司会はエース登場。この人ならとてもいい。
このひとしかいないのがおしい。

それにしても、高校同期のSさん、小学校から職場までほぼ毎回出場している。40回は超えただろうか?
 旭川ケーブルテレビが地域FMの免許をとろうとしている。

 新聞記事などは既存局のFMりべーるの経営状況を心配しているようなので、地域住民の声がカギとなると書いている。

 過去にFMりべーるの非常勤役員をしていた関係もあるので、地域の要望があればおそらく免許はとれるものと思われる。
 ただし、FMりべーるとの競争が公平になるように条件がつくかもしれない。
1 放送エリアの可聴状況がほぼおなじくなるように、FMりべーるの増力(20Wから50W、稚内は別事情で50Wが認められている)
2 ケーブルテレビが敷設しているアンテナからFMりべーるも電波を発信させる。(多額の補助金で敷設されている)
ということが考えられる。

 放送内容も話し手中心ではないものをしたいようだが、すみわけができるだろうか?
 
 旭川ケーブルテレビは一度民事再生法を申請し、債務免除を受けていること。そして地域唯一のケーブルテレビ事業で多額の補助金(税金)が投入されている。民間企業ではあるが、一般企業と同列に扱うのは問題がある。

 誰もやっていなかった高校野球予選の中継をすることは評価するが、そもそも自主制作番組のレベルの低さ、たぶんかなり低予算だろうと推察する。業績はかなりよいのだが、画質の低さはひどい。昔よりましかな。
そして、果敢に営業をしないのかできないのかわからない(と言っておく)FMりべーる。両社あんまりあげつらっても仕方がないが、まちの実力が試される。
4日付の北海道新聞旭川・上川版に記事が掲載されていた。

「公立大学」の会の活動方針として大学設置を次期市長選挙の争点にするというのが紹介されていたが、討論会の中で旭川大学のの山内学長(法人理事長兼任)は、誰が次の市長になろうとも課題を引き継ぐだろうと話されていた。長原会長もそういわれて理解したようだった。
 山内学長の考えが妥当と思う。
北辰祭(ほくしんさい)と呼ばれるy学園祭。6月14日、15日に開かれる。

昨日の参加者をはじめ、多くの人に旭川大学に関心をもってほしい。肌で感じる大学の実情と展望。

江口ゼミのラーメンを食べに行くだけでも価値がある。

踊りや展示など、やっている内容を微笑ましくおもって応援してあげてください。

肩入れする理由
地域の発展のためというのは建前で、本当は現在の旭川大学のガバナンスに疑問をもっているからである。
誰か個人攻撃を目的としているわけではないので念のため。
学園祭などにでかける(行き過ぎ?)と、死臭がするような薄気味悪い雰囲気のところがある。旭川大学はその域にはないが、公立大学でもそういうところがある。公立大学化がすべての解決策ではないと思っている。
大学の目的と達成したい成果。地域でのコンセンサスをえる必要がある。


この歌が心の中で歌いたくなると要注意。

反省会は飲みすぎた。

 今回は共催といっても{旭川に「公立ものづくり大学」の開設を目指す市民の会}が仕切っていたので、多くの住民が来場していた。

 旭川大学の山内学長、日本銀行旭川事務所の臼井所長、そして長原實コーディネーター。まさにビッグネーム、「時事放談」のスタイルである。当会の仕切りとは対照的だと感じた。
 
 6月2日に行われた地域の高等教育を考える討論会。
 私は、開会挨拶の中で問題提起をした。

 昭和46年1月発行の「旭川経済ビジョン」(非売品、伊藤善行・東京女子大学教授監修)という本があって、当時2年がかりで「旭川経済会議」(事務局:旭川市)というものを行って、地元の経済人と東京の経済学者と勉強会を行っていたようだ。

 高等教育に関する記述がないのである。

 1年後に北海道東海短大、その翌年に国立旭川医大が開学していることを考えると、産業とのかかわりをあまり考えていなかったということになる。私の見立てだと、五十嵐広三市長が「研究学園都市」を構想して二つの大学を誘致できたのだが、その後が続かなかった。つまり、五十嵐さんのスタンドプレー(よくも悪くも)だったのではないだろうか。
 何か大学と地域住民との距離があったような気がする。

 いまこそ、高等教育の意義を考えて行動していくべき。