このほど、東海大学名誉教授の大矢二郎氏を発起人とする市庁舎保存を求める団体が設立されるという。

 設立を望んだ経緯や、支持する団体などは報道でも明らかになっているが、私はこの考えに反対である。

 要点は2つ
 文化的価値があるというが、市庁舎は基本的に事務所である。車に例えれば、1958年モデルのトヨタ(日産でもいいが)高級車をリノベーションして当代のエコカーよりも使い勝手が良いものと思えるか。
 実用性を考えずデコレーションする発想は、バブル期によくみられたものと思想的には同じである。保存と言っているが、デコレーションそのものもである。

 新しい市庁舎を設計したいという、建築設計者たちの創造(競争もあるが)の機会を奪うことになる。この意味は大きい。

 前者は文化価値と実用性はこの庁舎においては相いれないこと。人口減少時代を迎え、都市間競争は激しくなっている。より柔軟な思考ができるよう市職員の執務環境を大幅に改善してもっと有効に働いてもらおうでではないか。
 後者は、保存を要望した団体のひとつ、日本建築学会という団体の器量の狭さである。「自分たちは佐藤武夫氏の発想を超えるものを設計できません」と言っているようなものである。平易に考えて、いまの日本の建築士には能力がないと思われても仕方がないだろう。学術的な意味の要望であるのだが、そういう見方をされるということを考えたのであろうか。

 その昔、第3庁舎のあるところで仕事をしたものとして、また構造に関する専門工事に携わるものとしていうが、現実と実務的な将来を鑑みるに「文化」という言葉に惑わされてはいけないのである。事務所としての機能が低下している以上、市庁舎として保存の意味はない。

 スプリンクラーも設置されていない庁舎。既存建屋に取り付けたら不格好になるのは目に見えている。これは、以前ラジオに出演してもらった松田たくや市議からも聞いた。

 念のため言っておくが、私が公共工事に直接請け負う仕事はすることはないし、想定されている構造は鉄筋コンクリート造が主で携わる業務とは無関係である。

 「思い」はまちづくりに必要だが、「思い込み」は害である。私は市庁舎の保存は現実的でないという考えである。
  「文化のまち」を標榜したいなら、庁舎よりも、いち民間人が心血を注いでいる{北海道伝統美術工芸村}の支援をしてほしいものである。これこそ、本物である。

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 このほど、愛媛大学工学部を卒業した「宝クジ組」出身の女の子が春休みを利用して帰ってきたので、ラジオ番組にアシスタントとして登場してもらった。
 大学院進学を決めながらいきなり休学。語学・海外の事情を肌で感じながら次の研究に向かうという。
 なんとも大胆というか猪突猛進というか。こういう子はとても面白いので議論をしたり、ジョークをいいあったりするなどとてもよい時間を過ごせる。
 今後の活動にもいい影響を与えてくれる。どんな人に化けるか楽しみである。

 来週火曜の午後6時と、金曜の12時(番組のヘルプです)に登場してもらいます。気が付けば加藤千恵(歌人・小説家)から始めて15年なんだなあ。
 この構図、旭笑長屋さんの師匠と弟子の間柄に近いと思う。
 著名人になると学歴詐称がスキャンダルになってしまうようだ。先月当地で経営に関するセミナーの講師でやってきたフランスの大学の学位をもつと言っていた人などはそのようである。引っ込みがつかなくなる、その様子はなんとも痛々しい。いずれイケしゃあしゃあと復活するだろうけれど。

 ちなみに、私の現在の最終学歴は専修学校(法律上の呼称)。登別市にある日本最大級の専修学校グループのひとつ、片柳学園日本工学院北海道専門学校である。現在はなくなってしまったが、土木工学科01期。01期だから入ったといってよい。卒業証書はどこにあるかわからないが、学籍番号は覚えているので今でも卒業証明(有料)はとれる。当時の副担任は副校長になっているが、現在も親交があり、節目節目でご指導をいただいている。
「現在の」といったのは、進学も{体力知力向学心}の3拍子が揃ったらやってみようということで、いつまでに何をということは決まっていない。

 その学校の配慮で国立大学の職員(アルバイトです)になり、試験を受け北海道の職員、それから実家の鉄工所、やがて関連していた事業(専門工事業)の代表となっている。
 アルバイトとはいえ、大学の内部で働いていたことと、出先機関とはいえ公務員経験があるのは現在の活動に役立っている。

 実力と実績、希望と願望のバランスを考えて(借金のようだ)。
 それでも肩書が通じない相手もいるが、そういうことがあるのも面白い。「○○のお父さん」なんかそうだ。

 
中心部にある大型商業施設の動向が注目されている。オクノデパートも閉館かという話。

中心部に求められる価値は、郊外ではえられないもの。

洋服を買うのも、食事をするにも物語性があることが要求される。
今こそ、ピンチの後にチャンスあり。中心部には小資本でも起業できるように支援の輪を広げればよい。
正体不明のメール文書を真に受ける{保育所の問題提起のあとに日本死ねはまともな人が記述したものではない}ように仕向ける。

被災5年の特集をやたらに垂れ流す。24時間○Vと一緒。

すべての医者が偉い人ではない。美人とちやほやされる{エラい}ひともいる。

瓦版屋と映像屋の悪い癖。ネタならなんでもありというのは特権ではないよ。


今日は赤飯を食べよう。思いやりのかけらもない{自粛}主張よりも人に役立つことをさりげなく。
 この9月で閉店することになった百貨店。
 運営会社の移転で大規模な設備投資ができなかったことと、外商部門を縮小したことによる顧客層の狭小化によることが継続を難しくさせたのだとみている。
 残念というほかはないが、新しい業態の施設ができる空間である。この12日にオープンするルートインホテルの1階のテナント(既に営業中)にも注視しているが、なかなかユニークである。